巨大掲示板で繰り広げられる殺害予告、襲撃予告での逮捕劇にはもう食傷という人も、高校生が名誉毀損の書き込みで逮捕というニュースには衝撃を受けたのではなかろうか。
・掲示板での殺害予告、襲撃予告、名誉毀損など相次ぐ(2005/07/20)
●同学年の女子生徒を中傷して逮捕された高2男子生徒
このニュースをおさらいしておくと、奈良の県立高2年の男子生徒が、掲示板を使って女子生徒の名誉を棄損した容疑で逮捕されたというもの。男子生徒は、同学年別クラスの女子生徒の実名を使って本人になりすまし、卑猥な書き込みをしたり、またイニシャルを使って人物を特定できる内容で、女子生徒の性格を中傷する書き込みをしたという。被害者の女子生徒は掲示板を見た友人から連絡を受けて初めて知り、警察署に相談。名誉毀損容疑での逮捕に至った。
男子生徒の行動を見ると、女性に対する掲示板での嫌がらせの典型であることに驚かされる。インターネットの使い方ガイドなどで、掲示板で名誉毀損が成立する事例として書かれるぐらいの典型例である。16歳の高校生が過去の同種の犯罪例を知って真似たとは想像しにくいので、おそらく憎悪を感じる相手を傷つけようとしたとき、そしてその対象が女性であるとき、人間はこういう行動をとってしまうものなのだろう。
●パソコン通信時代にもあった同様の嫌がらせ
昔むかし、今から10年以上も前の話になるが、パソコン通信というものがあり、その掲示板でも、現在のインターネット掲示板で見受けると同様の犯罪行為がそこここで行なわれていた。前掲事件と同じく、ある女性の名前をかたって「私を買ってください」と投稿した破廉恥漢もいた。
被害女性は管理者にその投稿の削除を求めたが、週末だったために放置され、週明けてようやく削除されるというほど呑気な時代だった。投稿した当事者はその書き込みを削除されただけで、別段お咎めもなかったと記憶する。
名誉毀損は親告罪だが、被害者は警察に相談することなど思いつかなかっただろうし、もし相談しても警察のほうもまったく理解不能、対応不能だったろうと思う。その少し後に起こったチャット・ログ裁判では、チャットというものを裁判官に説明することから始めなければならなかったと聞いている。そんな時代だった。
●サイバー犯罪への迅速な対応が期待できる現在
上記が10年ほど前の話であるとして、その頃、今回逮捕された16歳の男子生徒は6歳ぐらい、まだ小学1年生である。この小学1年生が高校生になるまでのネットの進歩は凄まじかった。9600~14400bpsの亀さん通信がブロードバンドになったほどの大進歩であり、社会的にもそれに見合う大きな変化があった。
なかでも警察の対応は、もっとも違いを痛感する1つだ。ハイテク犯罪はサイバー犯罪と称されるようになり、警察庁サイバー犯罪対策という一大拠点ができた。全国の都道府県警察本部にもサイバー犯罪相談窓口が設けられ、昔は泣き寝入りするほかなかったような掲示板でのさまざまな被害も、気軽に相談することができるようになった。今回のようなスピーディな逮捕劇は、そのたまものだろう。
・警察庁サイバー犯罪対策
http://www.npa.go.jp/cyber/.html
●変わったことと変わらないもの
しかし、通信環境や社会は進歩しても、人の心はそう簡単には進歩しない。掲示板での言葉の行き違いから激しいバトルが起こるのも、なりすましや自作自演などの行為が横行するのも、また女性を貶める方法も前掲のとおり、まったく変わっていないのである。
そして危ういことに、一昔前とは違い、いま子どもたちは当たり前のように掲示板やチャットを使っている。最近発表されたベネッセの調査では、小学3年生以上の過半数、中高生になると80%以上が、家庭でインターネットを使っており、保護者の8割以上がそのことに不安を抱いているという。
●中高生に徹底して教えてほしいこと
この奈良の事件を教訓として注意を促したくなるような書き込みは、残念ながら少なくない。中高生が集う掲示板で、もう一歩で個人が特定できそうな危ない書き方で、同じ学校や他校の生徒を中傷している書き込みを見かけることがある。そのたびに、書かれた子はもとより、投稿した本人も大きく傷つく可能性を思い、暗澹とした気持ちになる。
掲示板に書くという行為が仲間内のお喋りに似て実はそうではなく、放送・出版に等しいほどの公的意味をもってしまうものであることを、どうか学校や家庭でしっかり子どもに教えてほしい。内輪話のつもりで「K子が万引きしたって知ってた?」などと書いたことが、相手にどれほど大きなダメージを与えるか。また、自分も名誉毀損で逮捕される可能性があり、それがどれほど恐ろしいことか。
ネットリテラシー教育は取り組みがなされ始めたばかりで、まだ十分ではない。現代の中高生には必修科目として、カリキュラムを改変してでも、徹底して教える必要があると思えてならない。犯罪のハイテク化だけが先走らないよう、追いつけ追い越せではなく、常に先回りをするつもりで心の問題をケアできるような環境を整えていくことが求められるだろう。(中村)