2001年1月、都内の動物病院に対する中傷発言が「2ちゃんねる」掲示板に書き込まれ、次第にエスカレートしていった。動物病院側は管理人に削除を要請するが受け入れられずに提訴した。管理人側は一、二審で敗訴し、最高裁でもその主張を退けられ、400万円の損害賠償と書き込みの削除を命じられた。
・掲示板の書き込みで名誉毀損、管理人の「削除義務」最高裁で確定(2005/10/14)
5年近い歳月を使い、法廷では何が論議されたのか。その攻防を追ってみよう。
●削除義務はあるか?「公共性」をめぐる攻防
この裁判の最大の争点は、名誉毀損発言を削除しなかったことが管理人の義務違反になるかどうかにあった。管理人側は、管理人は掲示板に書かれた発言が違法な情報かどうか判断できないので削除義務はないと主張していた。
名誉毀損とされる発言でも、その発言に公共性などがあれば違法ではないとされる。したがって、名誉毀損発言に公共性がない(=違法)ということがわからなければ削除はできない。もしどうしても削除せよというなら、発言に公共性がないことを動物病院側が立証するべきというのが管理人側の言い分だった。
これに対し、裁判所は次のような判断を示した。当時、完全な匿名性をうたっていた「2ちゃんねる」では、名誉を毀損した発言者は誰かを特定できない。誰かわからない個人の中傷発言に公共性がないことを、中傷を受けた側が証明しなければならないというのは公平とはいえない。被害者は、その発言によって自分の社会的評価が低下する危険について立証するだけでいい。そして、中傷発言の公共性については、管理人側が証明するべきであるとしたのである。
●削除義務ははあるか? 「表現の自由」をめぐる攻防
また、管理人側は、匿名発言も表現の自由が保障されるべきであって、管理人は掲示板の発言を勝手に削除できるものではないという主張もしていた。これに対し裁判所は、表現の自由といえども絶対無制約というものではない。匿名発言が正当な理由もなく他人の名誉を毀損した場合、被害者が損害賠償等を求めることは当然であって、このことが表現の自由の侵害となるものではないとした。
管理人側はもう1つ、裁判中に公布・施行された「プロバイダー責任法」を援用して削除義務はないという主張もしていた。しかし、裁判所は、この法律に照らしても管理人は削除責任を免れることはできないとした。
これらの争点に関するより詳しい内容については、下記サイトを参照していただきたい。
<参考サイト>
・H14. 6.26 東京地方裁判所 平成13年(ワ)第15125号 損害賠償等請求
http://courtdomino2.courts.go.jp/Kshanrei.nsf/webview
/2075F93E3210745849256BED0030F3EF/?OpenDocument
・H14.12.25 東京高等裁判所 平成14年(ネ)第4083号 損害賠償等請求事件
http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/Listview01
/C3285B90D0EFA50849256CB70005EBAD/?OpenDocument
・プロバイダー責任法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律-逐条解説-)[PDF](総務省)
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/2002/pdf/020524_1_a.pdf
●匿名の自由な発言を尊ぶ気風が、違法発言を産む土壌に
この事件のほかにも「2ちゃんねる」は複数の訴訟をかかえている。大手生保や大手化粧品会社などが名誉毀損で管理人を提訴し、いずれも原告側が勝訴していることは周知の通りだ。これら一連の係争は掲示板の匿名性によって引き起こされたと言っていい。
だが、掲示板の匿名性はマイナス面ばかりではなくプラス面も多々ある。たとえば企業不祥事の内部告発などは、匿名が守られなければ闇に葬られてしまうことも多いだろう。雪印食品の牛肉原産地偽装表示事件などが起きた2002年頃、「2ちゃんねる」では偽装食品を告発するスレッドが賑わい、匿名でなければ到底書かれないだろう貴重な情報が多数書き込まれた。管理人はそうした表現の自由と匿名性をたった一人で守る孤高の人にも見えた。
しかし、そうした匿名性を尊重する掲示板の気風が、発言の自由を取り違えた違法発言を生む土壌を作ってしまったことは否めない。正義の追求がエスカレートし、匿名集団による個人攻撃やプライバシー侵害という深刻な問題が生じてもいる。集団ストーカー行為によって追い詰められ自殺した人も複数にのぼるという告発もなされている。
* * *
かつてIPアドレスなど接続記録をいっさい保存しないと公言し、鉄壁の匿名性を誇っていた「2ちゃんねる」も、今はIPアドレスをとることはもちろん、犯罪行為があれば発信者情報を開示することも明記している。だが、いまだに殺人予告などの違法発言は後を断たないようだ。
・仙台市の小4女児殺害を予告、都内の専門学校生を脅迫容疑で逮捕(2005/10/26)
・「のまネコ」騒動でネット掲示板に殺害予告、エイベックスが被害届け(2005/10/03)
匿名性がもつマイナス面とプラス面どちらにも留意し、プラス面を大切にしながらマイナス面を可能な限りゼロに近づけていこうとする努力が、掲示板管理者と参加者の双方に求められている。
(執筆:現代フォーラム 中村)