国際サッカー連盟(FIFA)主催のワールドカップ(W杯)の名を悪用した犯罪が多発している。チケットを求める人から金を騙し取るもの、W杯の名で誘い、ユーザーのパソコンにマルウェアを埋め込もうとするもの、公認グッズの海賊版を売り出すもの。犯罪者たちにとって4年に1度のサッカーの祭典は、容易に人を吸引できる効果抜群の撒き餌となったようだ。
●チケット争奪に紛れて横行した詐欺の数々
犯罪の集中砲火を浴びたのは、やはりチケットを求める人の懐だろう。繰り広げられるチケット争奪戦の中、怪しいとわかっていながら、すがってはならない藁に手を出した人も少なくなかった。インターネット上では6月、旅行社をかたる偽サイトによる詐欺事件が発覚した。
・サッカーW杯チケット詐欺>実体のない旅行会社がネットで観戦ツアー募集(2006/06/09)
本来なら、チケット付き観戦ツアーは企画・販売できない。チケットの申し込みには購入者のパスポート番号などが必要で、旅行社がチケットを買い付けることはできない仕組みになっているからだ。さらにチケットにはICチップが埋め込まれ、購入者の個人情報を登録して入場時にチェックするとされていた。このため、チケットは直接組織委員に申し込まなければ手に入らない………はずだった。
◇不正チケットが闇流通~ネットオークションやダフ屋を通じて
しかし、実際にはVIPやスポンサー分のチケット、ダフ屋により大量に購入されたチケットなどが、ネットオークションなどに流出した。これまでの大会でも何らかの形で実施すると言われてきた入場時のチェックは行われた試しがなく、今大会も例に漏れないというのが大方の見方だったからだ。悲しいかな、その予想は的中し、用意されたICチップの個人情報はすっかり出番を失ってしまった。
今年6月には、なんとFIFA理事がチケット12枚を転売した事実も明らかになった。日本国内では昨年12月、転売目的でチケットを大量購入した会社役人ら4人が逮捕された。また、海外のオークションに出品されたチケットの落札代行を引き受ける業者が現れたが、中には、開幕直前にHPを削除した怪しい業者も紛れていた。チケット争奪戦は利益をむさぼる詐欺師も交えて、虚と実の見分けが困難な泥沼と化していった。
◇もっと情報を!…飢える人々を食い物にする「偽情報」オークション
そうなると、「チケットは欲しい」「でも騙されたくない」人々が、次に欲しがるのは「情報」だ。ニーズに敏感な悪党たちは、「W杯チケット情報」や「W杯チケット付きツアー情報」と称する出品でネットオークションに参加した。なかには、無料でツアー情報を提供しようとするものもあった。もし、提供された情報が偽のツアー情報だったとしたら、冒頭の「偽サイトによるW杯観戦ツアー募集」と同様の詐欺に、オークションが利用されていたとも考えられる。
◇W杯チケットで釣る「オークション次点落札詐欺」
またYahoo!オークションでは、W杯観戦チケットの出品者を装い、オークションの次点落札者に「落札者がキャンセルしたため、あなたと取引したい」などと偽の取引を持ちかける「オークション次点落札詐欺」も現れた。Yahoo!オークションでは出品者が上位の落札者を削除した場合、次点の落札者にはシステムから通知が送付される。また、オークションの商品詳細ページでも削除済みかどうか確認できるので、取引する前に必ずチェックすることをお勧めする。
◇W杯だけが餌じゃない
W杯に限らず、人気の高いチケットは犯罪の的になりやすい。チケットの高値転売やコピー商品による詐欺、オークション次点落札詐欺などはW杯関連以外でも発生している。ネットオークション利用の際にはぜひとも注意したい。今年度に入ってからも、ジャニーズや宝塚などの講演チケットに関わる詐欺が発覚している。
・ネットダフ屋2人逮捕:人気タレント主演の舞台チケットを高値転売(2006/04/06)
・ローソン、ネット購入の偽チケットに警告:宝塚やジャニーズ公演で高額被害(2006/05/11)
●世界的イベントの「信用」を悪用したネット犯罪
W杯を悪用しているのは金銭目的の詐欺だけではない。フィッシングやウイルスメールといったネットセキュリティではおなじみの犯罪でも、W杯の名前でユーザーの注意を引こうとするものが出回った。
◇FIFAの関与をかたってフィッシング
昨年5月、FIFAが後援していると偽ったくじで、「多額の賞金が当たった」というメールを送りつけ、フィッシングサイトへ誘導する詐欺が発生した。そこで銀行口座の入力を求められ、入力情報が口座の不正使用などに利用されるといった、ご存じの手口のW杯版である。
◇W杯で開封を誘うウイルスメール
とにかく開いてもらおうと、あの手この手で迫るウイルスメール。W杯は格好のネタだった。これまでにわかっているだけで、「チケットプレゼントを装い、大量メール送信型ウイルスを埋め込む」「ファンタジーフットボールの対戦表を装ったエクセルファイル型ウイルスをばら撒く」「試合の勝敗を教えてあげると言いつつ、トロイの木馬型ウイルスを埋め込むサイトへ誘導する」の3種類のウイルスメールがある。開催期間中、新たなW杯ネタで送りつけられる可能性もあり、まだまだ気が抜けない。
◇ネット犯罪の常連・海賊版やネット賭博の危険性も…
W杯がらみの犯罪はこれだけではない。今年6月、大阪税関でW杯代表7か国の偽ユニホームが発見された。インターネット上でもユニホームや公認グッズの海賊版が出回っている可能性もある。また、前回の日韓大会では、中国や香港、タイなどでW杯を対象とした違法賭博が摘発された。今大会でも行われると予想され、各国の警察は厳戒態勢をとっている。インターネット上でも同様の賭けが行われるかもしれない。興味本位でW杯の名を掲げた違法行為に加担することがないように気を引き締めたい。
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ここまで紹介した犯罪は、どれもターゲットの気を引くためにW杯の名前を使っているだけで、日ごろから横行している犯罪ばかりだ。しかし、「W杯」ブランドを掲げられると、つい目がくらんでしまい、危機意識が薄れてしまう。
祭りの灯りの下で偽物の宝石が輝いて見えるように、うさん臭いものまで貴重品に見えてはいないだろうか? 普段なら避けて通る路地の危険を察知できなくなっていないだろうか? どんなに欲しいものでも出所のわからない商品は買わない、無差別に送りつけられたメールを信用しない、などセキュリティの基本を忘れないように心がけたい。
(執筆:現代フォーラム 山口)