今年6月に「青少年ネット規制法」が成立した。インターネット関連組織がこの法律の成立に強く反対していたが、その理由は何か。また、この法律では18歳未満の携帯電話にはフィルタリングを必須として義務付けているが、フィルタリングは子どもや保護者にとってどのようなメリット・デメリットがあるのか。
<INDEX>
● 「青少年ネット規制法」とは~携帯会社に「フィルタリング」義務付け
● 「青少年ネット規制法」成立の経緯(前)~背景に携帯ネットの被害多発
● 「青少年ネット規制法」成立の経緯(中)~国の関与にネット界が猛反発
● 「青少年ネット規制法」成立の経緯(後)~与野党合意でスピード可決・成立
■ フィルタリング基準判定の第三者機関~「EMA」と「I-ROI」
■ フィルタリングの問題点(前)~ユーザーにとってのメリット・デメリットは?
■ フィルタリングの問題点(後)~保護者として留意したいこと
<本文>
● 「青少年ネット規制法」とは~携帯会社に「フィルタリング」義務付け
今年6月11日に可決・成立した「青少年ネット規制法」は、「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律」が正式名称で、その名の通り、18歳未満の青少年が安心してネットを利用できる環境を整えることを目的としている。その対策の1つとして、ネットに流通する有害情報を青少年が閲覧できないようにする「フィルタリングサービス」の提供を、携帯電話会社に義務付けている。
同法の第4章「青少年有害情報フィルタリングサービスの提供義務等」によると、携帯電話会社は、親が不要という申し出をしない限り、青少年にフィルタリングサービスを提供しなければならない。ほかに、インターネット接続業者(ISP)や、パソコンなどインターネット接続機器のメーカー、フィルタリングソフト開発者、サーバー管理者などにも、フィルタリングに関する義務や努力義務を課している。ただし、これらの義務に対し罰則規定は設けられていない。携帯電話のフィルタリングサービスも、保護者が希望すれば解除することが可能だ。
● 「青少年ネット規制法」成立の経緯(前)~背景に携帯ネットの被害多発
「青少年ネット規制法」が今年、国会上程から可決・成立まで異例のスピードで進んだ背景には、携帯サイトを通じて子どもが犯罪に巻き込まれるケースが多発していたことがある。昨年11月に起きた、女子高生が携帯ゲームサイトで知り合った男に殺害された事件は衝撃的だったが、殺人までは至らなくとも、携帯サイトを舞台とした、あるいはきっかけとした類似の事件は頻発していた。学校裏サイトの実態なども明らかにされ、「小中学生には携帯電話を持たせるべきではない」という意見も説得力をもって語られるようになっていた。
昨年12月、総務大臣から携帯電話会社へ、青少年に対してフィルタリングサービスを原則適用するよう要請が出されたのも、こうした社会的批判の高まりを受けてのものだったと思われる。ドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル、ウィルコムの4社はこの要請を受け、保護者から不要との意思表示がない限り、未成年者の携帯にはフィルタリングサービスを原則適用するとした。新規契約者に対してはすでに今年2月から適用がなされており、第三者機関(後述)の稼働を待って対応が遅れていた既存契約者に対しては、今年度中をめどに適用が実施されることとなった。
● 「青少年ネット規制法」成立の経緯(中)~国の関与にネット界が猛反発
政府や官庁の動きと相関しつつ、永田町ではネット規制のための法案作りが進められていた。自民党は高市早苗議員、民主党は高井美穂議員が中心となって法案をまとめた。高市案は、独立行政機関として「青少年健全育成推進委員会」を内閣府に設置し、コンテンツの有害度を判断する基準を作成するというもの。高井案は、サイト管理者に違法・有害情報の「閲覧防止措置」を義務づけるというものだった。
これらネット規制法案に対し、インターネット業界からは強い反発が起きた。とくに、フィルタリング判定に国が関与する高市案に対しては、MIAU(インターネット先進ユーザーの会)、WIDEプロジェクト、JPNIC(日本ネットワークインフォメーションセンター理事会)などのインターネット関連組織が「憲法21条の表現の自由」に反するとして、2008年4月から反対や懸念を表明。大手インターネット5社(ディー・エヌ・エー、ネットスター、マイクロソフト、ヤフー、楽天)も、保護者や子どもが望まない方法で国が規制関与することに反対を表明。5月には日本新聞協会、EMA(後述)などが次々と意見や懸念を表明した。高等学校PTA連合会からも、子どもに何を見せるかは保護者が判断すべきという意見が出された。
● 「青少年ネット規制法」成立の経緯(後)~与野党合意でスピード可決・成立
ネット規制法案は、国会上程前に与野党の擦り合わせが行われた。フィルタリング基準を判定する第三者機関について、国が関与するべきとする与党と、判定は民間に委ねるべきという民主党で意見が分かれていたが、6月2日、フィルタリング基準判定に国は関与しないことで基本合意した。法案にはフィルタリング義務化が盛り込まれるが、フィルタリング基準の判定については国の関与は行わず、民間の第三者機関に委ねるとした。
法案は開催中の通常国会に上程され、6月6日に衆議院を通過、11日に参議院で可決・成立、同18日に公布された。法案が衆議院本会議で可決された6日には、日本新聞協会メディア開発委員会が法案内容について「公的関与の余地を残す」と懸念の声明を出し、大手インターネット5社も9日、表現の自由への制約やフィルタリングの発展を阻害するとの共同声明を出した。さらに、参議院本会議で可決・成立した11日には、民放連が「法案が極めて短時間で原案どおりに成立」したことを批判。また、MIAUも、審議の拙速を懸念し、政策決定の透明性に問題があるとした。
■ フィルタリング基準判定の第三者機関~「EMA」と「I-ROI」
一歩間違えば、子どもたちへの情報統制装置になりかねない危険をはらむだけに、法案成立後も国の関与を懸念する声は根強いが、フィルタリングの基準判定を民間の第三者機関に委ねたことについては、一定の評価がなされている。9月現在、この民間の第三者機関としては、前述のEMA(エマ)とI-ROI(アイロイ)の2つの機関が存在している。
EMA(有限責任中間法人モバイルコンテンツ審査・運用監視機構:Content Evaluation and Monitoring Association)は、モバイルビジネスの業界団体であるモバイルコンテンツフォーラム(MCF)を母体に、健全なモバイルサイトの認定を行なう第三者機関として4月8日に発足。6月にはコミュニティサイトの運営管理体制認定基準を発表し、この基準に基づいて7月に審査受付を開始。8月に第1号認定サイトとして5サイトを、9月に第2号認定サイトとして2サイトを発表した。認定されたサイトは携帯やPHSで閲覧可能になる見通しだ。
I-ROI(有限責任中間法人インターネットコンテンツ審査監視機構:Internet-Rating Observation Institute)は、社団法人デジタルメディア協会(AMD)を事務局とする「コンテンツアドバイスマーク(仮称)推進協議会」を軸に、5月30日に発足。インターネットの表現基準を4年にわたって研究してきた同協議会の研究成果を引き継ぎ、EMAが携帯サイト専門であるのに対し、携帯サイトを含むインターネット全体を審査対象としている。7月に審査基準の中間発表を行い、9月に表現型コンテンツの審査を開始する予定で準備を進めている。
■ フィルタリングの問題点(前)~ユーザーにとってのメリット・デメリットは?
子どもたちを有害情報から守るフィルタリングは、ネットの危険を心配する保護者にとって頼もしい味方に違いない。だが、フィルタリングには、指摘されているような表現の自由侵害や情報統制といった危惧以前に、使い勝手の面でさまざまな問題がある。
前述のように、新規契約者については今年2月からフィルタリングが原則適用されているが、携帯電話のフィルタリングはURLごとの制限が難しく、カテゴリーごとの制限になる。掲示板やブログ、SNSなどのコミュニティサイトはユーザーの書き込みが可能なサイトのカテゴリーに入るため、一律に閲覧制限対象となる。このため、部活の連絡掲示板など子どもの生活にとって不可欠なサービスまで見られなくなってしまう。また、小学生から高校・大学生までを18歳未満とひとくくりにして同じ基準で制限をかける「画一性」の問題も大きい。
こうした問題は、総務省の「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」でも取り上げられ、4月発表の「中間報告」では、フィルタリングの一律適用の見直しを求め、第三者機関によって認定されたサイトは閲覧制限対象から外すことが盛り込まれている。この要請は、6月に成立・公布された青少年ネット規制法と矛盾しない。
第三者機関であるEMAは、公表したコミュニティ認定基準に基づいて申請サイトの審査を行い、8月に「GREE」「MySpaceモバイル」など5サイトを、9月上旬に「en高校生」「モバゲータウン」の2サイトを認定している。9月下旬にはまた新たな認定サイトが誕生する予定だ。携帯会社はこれらのサイトをブラックリストから外し、閲覧可能にする。
■ フィルタリングの問題点(後)~保護者として留意したいこと
EMAは、認定後も監視は継続され、基準が維持されなければ認定取消しもありえるとしている。たしかに、コンテンツサイトと異なり、ユーザーによる投稿等から形成されるコミュニティサイトが常に安全状態が維持されるとは限らないだろう。何万、何十万の会員を擁する巨大サイトであれば尚更だ。
EMA設立に尽力してきたMCF事務局長の岸原孝昌氏は、EMAの役割は、監視社会を作り絶対の安全保証をするものではないと言う。EMAのコミュニティ認定基準は、「基本方針」「監視体制」「ユーザー対応」「啓発・教育」の4分野にわたり22の項目がある。これらは安全のための態勢が整っているかどうかを審査するもので、交通事情にたとえれば、車道を造り交通規則を整備するようなもの。どれだけ環境を整えても交通事故がゼロにはならないように、人間が起こす事故を根絶できるものではない。
今後、認定サイトでトラブルが発生したとして、それを理由に環境整備の努力を無駄とする批判は、あまり意味がないのではないか。環境を整備したうえに、より有効な保護対策を考えるべきではないだろうか。そのためにはフィルタリングだけでなく、親子や教師へのIT啓発・教育が不可欠であると岸原氏は話す。
「経験、知識、判断能力のうち、経験と知識は子どもが圧倒的に優位で、判断力だけは親や教師が優れている、というのが現状です。このデジタルデバイドを解消しなければ、子どもを守ることはできません」。子どもだけではなく親や教師にも必要なIT教育は、国のグランドデザインが必須であり、EMAはそのための働きかけや教育プログラムの開発などを行っていくという。
子どもをネットの危険から守るには、フィルタリングに任せきりでは駄目で、保護者も常に目配り、心配りが必要ということだろう。子どもは否応なくこれからのネット社会、IT社会を生きていかなくてはならない。そこがどういう社会か、どんな危険がひそんでいるか、保護者や教師が知らないでいいわけがない。大人がそれを学ぶことは、わが子だけでなく自分自身や家族、周囲の人々、ひいては社会を守ることとつながっているに違いない。
(執筆:現代フォーラム「ネットセキュリティニュース」執筆グループ)