ネットに流通する児童ポルノ被害が増加し、目を覆う状況が続いている。逮捕事例を見ると、教師や保育士など子どもが信頼するべき大人がマニア(小児性愛者)として児童ポルノ法違反を犯していることに驚かされる。マニアを対象に画像を提供し利益をむさぼる犯罪ビジネスも横行している。これら凶悪な児童ポルノの流通を抑止する有効な手段として検討されているのが「ブロッキング」だ。政府は年度内の実施を示唆している。しかし、法律や予算、技術面など問題も多く、実現までの道のりは容易ではなさそうだ。必要性と問題点、進捗状況をまとめた。
<INDEX>
■マニアによる犯罪~高校生、小学教諭、保育士などが摘発
○高校生運営の児童ポルノ投稿掲示板で27名を摘発(5/13)
○8都府県警が全国35か所を一斉捜査、4名を逮捕(5/31)
○小学校教諭が児童ポルノ投稿容疑で書類送検(6/10)
○特別支援学校のボランティア、児童ポルノ画像送信で逮捕(7/14)
■マニア対象の犯罪ビジネス~売り上げは数千万円から1億円にも
○児童ポルノDVDの販売容疑で札幌と東京の7人を逮捕(6/29)
○児童ポルノDVDの販売容疑で福岡と千葉の6人を逮捕(7/14)
■児童ポルノ閲覧を遮断する「ブロッキング」
★コラム:諸外国のブロッキング導入状況
■ブロッキングと「通信の秘密」
■「発見しだい、ISPが即時遮断する」という誤解
■「ブロッキング実証実験」スタート、その課題は?
<本文>
警察庁がまとめた2009年のサイバー犯罪の検挙状況をみると、インターネットを悪用した児童ポルノ事件の送致件数は507件あり、2008年の254件からほぼ倍増している。また、2009年中にインターネット・ホットラインセンターに寄せられた「違法情報」通報のなかで「児童ポルノ公然陳列」は2番目に多く、2008年の2038件から4486件へ倍以上の増加をみせている。
図1 児童買春・児童ポルノ法違反(児童ポルノ)の検挙件数の推移(2009年)
図2 インターネット・ホットラインセンターに寄せられた違法情報の内訳(2009年)
【関連URL】
・平成21年中のサイバー犯罪の検挙状況等について[PDF](警察庁、2010年3月)
http://www.npa.go.jp/cyber/statics/h21/pdf54.pdf
・平成21年中の「インターネット・ホットラインセンター」の運用状況について[PDF](警察庁、2010年3月)
http://www.npa.go.jp/cyber/statics/h21/pdf55.pdf
上記は昨年の統計的数値だが、具体的な事例として、ここ数か月の間に摘発され報道された児童ポルノ関連事件をみてみよう。
○高校生運営の児童ポルノ投稿掲示板で27名を摘発(5/13)
警視庁少年育成課は5月13日、香川県丸亀市の高3男子(17歳)が運営する掲示板に男児のわいせつ画像を投稿したとして、19都道府県に住む男女27人を、児童買春・ポルノ禁止法違反(公然陳列)容疑で摘発した。運営者である高校生ほか7人は書類送検、会社役員や保育士ら20人は逮捕となった。報道等によると、高校生は幼い男子に興味があり、同じ趣味の人から多くの画像を集めようと2009年1月に携帯電話用の掲示板を開設。男児の画像を5枚以上投稿して申請するとパスワードが得られ、児童ポルノ掲示板を閲覧できる仕組みだった。投稿者は少なくとも41名が確認されており、うち38名が7月12日までに摘発されている。
○8都府県警が全国35か所を一斉捜査、4名を逮捕(5/31)
警察庁は5月31日、インターネット・ホットラインセンターに寄せられる違法情報の通報を元に、児童ポルノ、わいせつ図画公然陳列等事件の一斉取締りを実施した。警視庁と秋田県、千葉県、大阪府、兵庫県、岡山県、徳島県、熊本県の7府県警が全国35か所を家宅捜査し、14名を逮捕。うち10名が成人のわいせつ物陳列容疑、4名が児童ポルノ禁止法違反容疑での逮捕だった。14名の容疑者は16~45歳の男性で、秋田県警は沖縄県在住の大学1年男子(19歳)、徳島県警は島根県の高1男子(16歳)、兵庫県警は学童保育指導員(37歳)他を逮捕している。
○小学校教諭が児童ポルノ投稿容疑で書類送検(6/10)
千葉県警は6月10日、児童ポルノ投稿掲示板に、男児の裸の画像を投稿したとして、愛知県豊橋市立小の男性教諭(25歳)を、児童買春・児童ポルノ禁止法違反(公然陳列)容疑で書類送検した。報道等によると、教諭は同小3年の担任。投稿は学生時代から始めていたが、今回の投稿画像は外国人男児で、担任をしている子どもたちに被害はなかったという。
○特別支援学校のボランティア、児童ポルノ画像送信で逮捕(7/14)
兵庫、埼玉県警は7月14日、児童ポルノ画像を送信したとして、神戸市灘区の派遣会社員の男(47歳)を、児童買春・児童ポルノ禁止法違反(提供)容疑で逮捕した。報道等によると、容疑者は同法違反などで起訴されている男児ポルノ専門サイトの主宰者(29歳)に男児のわいせつ画像を送信した疑い。容疑者は2005年頃から、神戸市の特別支援学校でボランティア活動をしていたという。
ほかにも会社員や塾講師や無職の男などが、児童ポルノを製造したり提供したりした容疑で逮捕・起訴されている。同法違反で検挙されている容疑者たちは、オリジナルの児童ポルノが珍重されるという理由から、実際に児童にわいせつ行為を強要して撮影するという犯罪行為も行っていることが少なくない。そうして作成した画像や動画をネット掲示板を通じて知り合った愛好家たちに見せびらかして流通させるという、二重、三重の罪を犯している。
■マニア対象の犯罪ビジネス~売り上げは数千万円から1億円にも
児童ポルノはマニアが製造・流通させるだけにとどまらない。マニアの需要をあてこんだ犯罪ビジネスも横行している。6月、7月には下記2件の摘発が報道された。
○児童ポルノDVDの販売容疑で札幌と東京の7人を逮捕(6/29)
北海道警と茨城、山口県警は6月29日、児童ポルノ画像を含むDVDを所持し販売したとして、札幌市中央区の無職の男(28歳)ら4人、および東京都在住の3人の計7人を、児童買春・ポルノ禁止法違反(提供)容疑で逮捕した。彼らはインターネットを介してDVDを販売していた疑いが持たれている。入金記録等から売り上げは1億円近くにのぼるとみられ、道警と県警が全容解明を進めている。
○児童ポルノDVDの販売容疑で福岡と千葉の6人を逮捕(7/14)
福岡、千葉、福井県警は7月14日、児童ポルノ画像を含むDVDを販売したとして、福岡市南区の自営業の女(37歳)ら4人、および千葉県白井市の夫婦2人の計6人を、児童買春・児童ポルノ禁止法違反(提供)容疑などで逮捕した。報道等によると、彼らは男児ポルノ専門サイトを開設。小学生らの顔とともにモザイクをかけた下半身などを映したサンプル画像を掲示して注文を受け、DVDを1枚5000円で販売していた疑い。DVDを売りさばいた相手は、全国のべ数千人にのぼるとみられている。
マニアや犯罪ビジネスによって製造・流通がなされている児童ポルノは、彼らにとっては性的満足や金の卵を産む道具だが、被害児童にとっては生涯逃れられない苦しみの元となる。画像はいったんデータとして授受されると、その後の流通を制御することはできない。何年経っても被害者は、自分の画像が今もネットに出回っているのではという恐怖に苦しみ続けるという。そこには一過性の暴力にはない深刻さがある。
こうした児童ポルノ被害の増大をなんとか抑止しようと、警察庁はさまざまな対策を打ち出してきた。サイバーパトロールや買い受け捜査の強化、愛好グループの徹底検挙、被害児童の支援対策など。しかし、いったんネットに流出してしまった画像については手の施しようがない。そこで期待が寄せられるのが、児童ポルノの閲覧を強制的に遮断する「ブロッキング」だ。
ブロッキングの方法には、「DNSブロッキング」「パケットドロップ」「URLフィルタリング」「ハイブリットフィルタリング」などがある(詳細は下記URL参照)。どの場合もポイントになるのは、通信を媒介するISP(インターネットサービスプロバイダ)と、児童ポルノが置かれる場所(ホスト名、IPアドレス、URL)を示す「アドレスリスト」だ。利用者が閲覧目的でアクセスしてきたところを、ISPサイドがあらかじめ用意しシステムに組み込んだアドレスリストと機械的に照合し、合致すれば強制遮断して閲覧できなくする。
【関連URL】
・ブロッキングに関する報告書[PDF](児童ポルノ流通防止協議会、2010年3月)
http://www.iajapan.org/press/pdf/siryou5-20100325.pdf
・ISP技術者サブワーキング 報告書[PDF](安心ネットづくり促進協議会、2010年6月)
http://good-net.jp/modules/news/uploadFile/2010063040.pdf
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★コラム:諸外国のブロッキング導入状況
児童ポルノ流通防止協議会の資料によると、ノルウエーTelenorは最も簡単な方法といわれるDNSブロッキング(初期投資費用は約5千ユーロ=約75万円))、英国BTは2段階でチェックするハイブリットフィルタリング方式(同約50万ポンド=約7500万円)、韓国KISPAは細かに対象を指定できるURLフィルタリング(同約300億ウォン=約23億円)を採用している。韓国の場合は児童ポルノ以外の違法情報、国家保安法違反情報等も対象としている。
イギリスのISPでブロッキング実施率は85~95%だが、政府は積極的導入を強く働きかけ、議会では導入率を100%にするべきという話も出ているという。ちなみに費用はISPの負担で、政府から補助金等は出ていない。
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上述の「ISPが一定サイトへのアクセスを検知・遮断する」という行為は、憲法第21条、および電気通信事業法第4条に定める「通信の秘密は侵してはならない」に抵触するおそれがある。ISPによる迷惑メールフィルタリング、有害サイトフィルタリング、ウイルスチェックなども同様にそのおそれがあるが、利用者の承諾(要請)を得て行われるため違法を免れることができる(違法性が阻却される)。しかし、ブロッキングは同意を得ないで行われるため、違法性が阻却されない。この「通信の秘密」問題をどうクリアするか、ブロッキング実施に向けて大きな課題となっている。
この問題について、児童ポルノ流通防止協議会は、「正当行為」「正当防衛」「緊急避難」のいずれかに当たる場合は違法性が阻却されるとして、昨年来その検討を行ってきた。しかし結論は得られず、3月に出した「ブロッキングに関する報告書」では各論を併記し、今後も検討していく必要があるとした。一方、同じくこの問題を検討してきた「安心ネットづくり促進協議会」は、「緊急避難」であれば現行法のもとでも許容される余地はあるとの見解を3月公開の「中間報告」で示している。
政府は「犯罪対策閣僚会議」の下に設置した「児童ポルノ排除対策ワーキングチーム」で児童ポルノ排除のための総合対策作りに取組んでいるが、この「緊急避難によって違法性が阻却される」という結論を得て、ブロッキング導入の方針を固めたとされる。しかし、緊急避難の解釈では、ブロッキング可能な対象範囲が海外サイトや国内でも管理者と連絡がとれないサイトなどに限定される可能性がある。児童ポルノ発見からブロッキングまでの期間があけばあくほど画像の拡散を許してしまうことから、この点を懸念する声もある。次項で述べる「児童ポルノ排除総合対策(案)」と、その報道に対するISP側の懸念表明は、この問題の所在を露呈するものだったといえる。
【関連URL】
・ブロッキングに関する報告書[PDF](児童ポルノ流通防止協議会、2010年3月)
http://www.iajapan.org/press/pdf/siryou5-20100325.pdf
・児童ポルノ対策作業部会 中間発表 法的問題検討の報告[PDF](安心ネットづくり促進協議会、2010年3月)
http://good-net.jp/modules/news/uploadFile/2010032936.pdf
政府の児童ポルノ排除対策ワーキングチームは5月27日、「児童ポルノ排除総合対策案」を公示して国民にパブリックコメントを求めた。この対策案の「ブロッキングの導入に向けた諸対策の推進」部分には、「サーバーの国内外を問わず、画像発見後、速やかに児童ポルノ掲載アドレスリストを作成し、ISPによる閲覧防止措置(ブロッキング)を講ずる必要がある」と書かれている。
この箇所について、あたかも「児童ポルノは発見しだい、国内外を問わずISPが即時遮断する」ことを「政府省庁間で合意」したかのような報道がなされたため、ISPの業界団体である日本インターネットプロバイダー協会(JAPIA)は、ユーザーの誤解を招きかねないと懸念を表明。6月2日、「インターネット接続サービスをご利用の皆様へ(児童ポルノのブロッキングをめぐる一連の報道について)」を公開し、ISPとしては現行法の枠内でできることを慎重に行っていく姿勢であることを強調した。また、6月4日には同対策案に対し、業界団体からのパブリックコメントとして、「国民の理解を着実に得ながら丁寧に議論を進める」ことを求める意見を提出した。
この意見書でJAPIAは、同対策案の前掲箇所「サーバーの国内外を問わず(以下略)」が、安心ネットづくり促進協議会の「報告書」、児童ポルノ流通防止協議会の「児童ポルノ掲載アドレスリスト作成管理団体運用ガイドライン」の枠を大きく超えるものであると牽制。ISP各社が現状で取り組める範囲は、報告書やガイドラインで許容される範囲であると述べ、その範囲を踏まえた記述にしてほしいと要望している。
そう要望しつつも、JAPIAは「サーバーの国内外を問わない」ことを今後の可能性として検討すること自体は否定しないとしている。ISPとして児童ポルノ対策を推進するべき社会的責任を痛感しながらも、現時点でできることから段階的に取り組んでいきたいという思いがうかがえる。
【関連URL】
・児童ポルノ掲載アドレスリスト作成管理団体運用ガイドライン[PDF](児童ポルノ流通防止協議会、2010年3月)
http://www.iajapan.org/press/20100325guide.pdf
・児童ポルノ排除総合対策(案)[PDF](児童ポルノ排除対策ワーキングチーム、2010年5月)
http://www8.cao.go.jp/youth/cp-taisaku/bosyu/pdf/taisakuan.pdf
・インターネット接続サービスをご利用の皆様へ[PDF](児童ポルノのブロッキングをめぐる一連の報道について)(JAPIA、2010年6月)
http://www.jaipa.or.jp/comment/100602_jipo.pdf
・内閣府の「児童ポルノ排除総合対策」に対し意見書を提出[PDF](JAPIA、2010年6月)
http://www.jaipa.or.jp/comment/100604_jipo.pdf
JAPIAが一般ユーザーに向けた文書で説明したように、ISPはブロッキングの対象となる「アドレスリスト」の内容にはノータッチだ。ブロッキングの公正性、中立性、透明性を担保するため、リストの作成は「児童ポルノ掲載アドレスリスト作成管理団体運用ガイドライン」に基づいて選定された「リスト作成管理団体」があたる。この第三者機関が作成したリストをISPが受取り、利用者の児童ポルノ閲覧を遮断するブロッキングに使う。リストはISPだけでなく、検索エンジンサービス事業者、フィルタリング事業者にも提供される。検索結果に児童ポルノを表示しないことで、またフィルタリングの児童ポルノ情報を充実させることで、児童ポルノの閲覧機会を減らすことができる。
このブロッキング実現のための第一歩、「リスト作成管理業務」の試験的実施が翌8月からスタートする。来年1月まで半年間の予定で、インターネット協会が警察庁からの受託事業として行う。研究内容は、リストの情報提供元である警察庁やホットラインセンターからの情報受理方法、事業者との契約やリスト提供方法、リストからの除外要請の対応、セキュリティの規定、職員管理の在り方など、ブロッキング実施のために外せない課題が盛りだくさんだ。
同協会主幹研究員の大久保貴世氏によると、この実証実験には、ISP、フィルタリング事業者、検索エンジン事業者など十数社が参加する予定だ(7月20日現在)。参加予定のISPはすべて大手で、中小のISPにもJAPIAを通して参加を呼び掛けている。
ブロッキング実施にあたってのもっとも大きな困難は「根拠となる法律がない」ことだと大久保氏は話す。いくら法務大臣が「導入が望ましい」と言い、政府のワーキンググループが「導入するべき」と推進の旗を振っても、根拠となる法律がなければ、いざというときの責任の所在さえ不明確だ。たとえば、オーバーブロッキング(児童ポルノではないコンテンツを誤ってリストに加え閲覧遮断してしまう)によってユーザーに不利益が生じ損害賠償を求められた場合、責任は誰がとるのだろう。リスト作成団体なのか、ISPなのか。そうしたこともゼロから話し合って決めていかねばならない。
緊急避難による違法性阻却というかろうじての法的解釈で、責任の所在もはっきりしない、さらに費用もかさむとなれば、ISPはじめ事業者が導入に二の足を踏むのも無理はないと思える。しかし、実証実験に参加するISPは、そうした厳しい状況のなかでも前向きに取り組んでいるという。
「どうやってリストをシステムに埋め込むか、リストの更新頻度をどの程度にすると経費も人手も抑えられるかなど、よりよい方法を工夫し、設備を整えつつあります。日本のブロッキングは諸外国に後れをとっているという現実があります。ISP各社さんは政府にやらされているというのではなく、企業の社会貢献として、できることはやりたいという姿勢をみせてくださっています」(大久保氏)。
それでも課題は山積している。フィルタリング事業者の場合も、検索エンジンサービス事業者の場合も、「日本で初めて」実施するものであるだけに、やってみなければわからないことが多々あり、社内環境を整える必要などもあって、半年という期間では追いつかない状況だ。さらに、この実証実験が終わった後どうするかという悩みもじつは深い。成果として業務実施マニュアルが完成しても、どこが実施主体となるのか。実施の際の費用や設備、人的資源などの確保をどうするのかなど、見えないものが多いという。法的整備もまだしばらくの間、課題でありつづけるだろう。
しかし、増加する児童ポルノ被害をこのまま放置していいはずがないことだけははっきりしている。表現の自由や通信の秘密などの法的課題、経済的技術的課題など1つ1つ丁寧に乗り越えて、日本にとって望ましいブロッキングのあり方を見出し実現していってほしいものだ。
(執筆:現代フォーラム/熊谷)