警察庁によると、ネットの名誉棄損に関する相談件数は昨年1年間で1万1557件にも達している。総務省の調査でも、ネットを利用した人権侵犯事件は昨年、52.6%の大幅増加となった。ネット掲示板の書き込みが名誉棄損にあたるとして逮捕されたというニュースも、いまや珍しいものではなくなっている。東京都の会社員が自身のサイトで企業批判をした文章が名誉棄損にあたるかどうか争われていた裁判では、この3月、最高裁が有罪判決を出した。ネットで何をどう書けば「名誉棄損で逮捕」となり、「有罪」となるのか? ネットユーザーの立場から考えてみたい。
■ インターネットで「名誉棄損」が増えている
○ サイバー犯罪相談窓口等に寄せられた相談「1万1557件」
○ ネット利用の人権侵犯事件は52.6%の大幅増加
■ 3月に報じられた「ネットの名誉棄損で逮捕」ニュース
○ 不倫写真を捏造して銀行支店長らを中傷、岐阜市の男を逮捕(3/01)
○ 学校職員を「わいせつで逮捕」などと中傷、常陸太田市の男を逮捕(3/02)
○ 作家を「現在は風俗嬢」などと中傷、大阪市の女を逮捕(3/17)
○ 元交際相手の女性を中傷、草加市の男を逮捕(3/30)
■ 最高裁が有罪判決「平和神軍観察会」名誉棄損事件
○ 事件の概要
○ 一審は無罪(東京地裁、2008/2/29)
★ コラム:名誉棄損とは(罪になる場合、ならない場合)
○ 二審は逆転有罪(東京高裁、2009/1/30)
○ 最高裁の判決(2010/3/15)
■ ネットユーザーから見た「有罪判決」賛否両論
○ 「一体性」と「一定の関係」
○ 「悪質な中傷」と「必要な批判」
○ 「自由な言論」の危機? ネットに広がる不安
■ 名誉棄損を回避する「書き込み」アドバイス
■インターネットで「名誉棄損」が増えている
警察庁はサイバー犯罪の検挙状況について、法務省は人権侵犯事件の状況について、今年3月、それぞれ2009年1年間のまとめを発表した。このどちらの資料も、ネットで名誉棄損が増加していることを示している。
図1 「名誉毀損、誹謗中傷等に関する相談」件数の推移(警察庁、2010年3月)
図2 「インターネットを利用した人権侵犯事件」件数の推移(法務省、2010年3月)
○サイバー犯罪相談窓口等に寄せられる相談1万1557件
警察庁資料では、都道府県警察の相談窓口で受理した「サイバー犯罪等に関する相談」8万3739件のうち、最も多いのは架空請求メールなど「詐欺・悪質商法に関する相談」4万件だが、2番目に多いのが「名誉毀損、誹謗中傷等に関する相談」1万1557件だ。相談内容で多いのは、「掲示板に自分を誹謗中傷するような内容が書き込まれた」「掲示板に自分の写真や氏名、住所等が無断で掲載された」というもの。(図1参照)。
○ネット利用の人権侵犯事件は52.6%の大幅増加
法務省資料では、全国の法務局などの人権擁護機関が救済手続きを行った人権侵害事件について、全体では2万1218件と前年よりも0.9%減少しているが、インターネットを利用した人権侵犯事件は515件から786件と、52.6%の大幅増加となっている。内訳は、プライバシー侵害が391件(153件・64.3%増)、名誉毀損が295件(119件・67.6%増)で、この2つで全体の87.3%を占める。人権擁護機関がプロバイダーなどに削除要請を行ったものの中には、実名やメールアドレス、ウソの私生活を書き込まれ、それを見た交際相手の両親から結婚を反対されたケースもあったという。(図2参照)。
・平成21年中のサイバー犯罪の検挙状況等について[PDF](警察庁)
・平成21年における「人権侵犯事件」の状況について(概要)(法務省)
ネットの中傷書き込みで逮捕されたというニュースは、今や珍しいものではなくなっている。この3月には、次のようなニュースが報じられている。
○不倫写真を捏造して銀行支店長らを中傷、岐阜市の男を逮捕(3/01)
岐阜県警岐阜中署は3月1日、同県在住の銀行支店長の男性(49歳)と女性銀行員(25歳)を中傷する目的で、捏造写真をネット掲示板に掲載したとして、岐阜市の大学職員の男(40歳)を名誉棄損容疑で逮捕した。報道によると、男は2009年11月7日、ネット掲示板に、2人の捏造写真を「不倫現場激写」などとして掲載、名誉を傷つけた疑い。男は容疑を認めているという。容疑者は親が投資信託で損をしたことに腹を立て、契約銀行の支店長と行員を自宅に呼んで陳謝させた際に写真を撮影。ホテルロビーの画像と合成して中傷目的の写真を捏造したという。掲載を知った支店長が警察に相談していた。
○学校職員を「わいせつで逮捕」などと中傷、常陸太田市の男を逮捕(3/02)
長野県警長野中央署は2日、同県在住の学校職員の男性(43歳)を中傷する文章をネット掲示板に書き込んだとして、茨城県常陸太田市の無職の男(26歳)を名誉棄損容疑で逮捕した。報道によると、男は2008年2月11日、ネット掲示板に、職員男性について「わいせつ行為をして警察に逮捕された」などとする虚偽の文章を書き込み、名誉を傷つけた疑い。男は容疑を認めているという。被害男性がこの書き込みを見つけ、警察に被害届を出していた。容疑者は長野県に住んでいた時期に被害男性と知り合ったとみられ、警察が動機等を調べている。
○作家を「現在は風俗嬢」などと中傷、大阪市の女を逮捕(3/17)
千葉県警市川署は3月17日、同県在住のノンフィクション作家の女性(40歳)を中傷する文章をネット掲示板に書き込んだとして、大阪市の無職の女(45歳)を名誉棄損容疑で逮捕した。報道によると、女は2009年11月1日、ネット掲示板に、この作家について「現在は風俗嬢。低脳ぶりを発揮中」などという文章を書き込み、名誉を傷つけた疑い。女は「知り合いに頼まれてやった」と容疑を認めているという。作家がこの書き込みを見つけ、警察に被害届を出していた。
○元交際相手の女性を中傷、草加市の男を逮捕(3/30)
栃木県警下野署は3月30日、元交際相手の女性(20代)の名誉を傷つける文章をネット掲示板に書き込んだとして、埼玉県草加市の会社員の男(48歳)を名誉棄損容疑で逮捕した。報道によると、男は2009年12月20日、ネット掲示板に、元交際相手の女性に関する書き込みをし、名誉を傷つけた疑い。男は容疑を認めているという。容疑者は2007年頃から女性と交際していたが、別れ話を持ち出されたため、中傷書き込みを始めたという。
■最高裁が有罪判決「平和神軍観察会」名誉棄損事件
上記の4件の事件からは、容疑者の私怨が中傷書き込みの動機になったことが伺える。別れ話を持ち出されたり、大損をさせられたり。依頼されて中傷書き込みをしたという例も、依頼者がなんらかの怨恨を抱いていたことが推測される。また、個人が個人をターゲットにしているという共通項も指摘できる。
今年3月15日、最高裁が有罪判決を出した名誉棄損事件は、これらの事例とは様相を異にする。動機は私怨ではなく、また個人が個人をターゲットにしたものでもなかった。個人が社会的意味がある告発と信じて企業批判を行い、それが名誉棄損として告訴され、一審は無罪、二審は逆転有罪、判断が注目された最高裁で有罪確定という経緯をたどっている。どのような内容の裁判だったのか、少し詳しく見てみよう。
○事件の概要
東京都の会社員であるHさん(2010年3月現在38歳)は1999年頃から、自身のWebサイト「平和神軍観察会・逝き逝きて平和神軍」上に、右翼系集団「日本平和神軍」(以下、平和神軍)の観察情報を掲載し始めた。平和神軍の代表者(総督)であるK氏の差別思想、ニセ学位商法などを批判するとともに、同氏が当時会長を務めていたG社と平和神軍は「一体の関係にある」という指摘もしていた。G社はラーメン店を全国展開する企業で、フランチャイズ店のオーナーを募集してもいる。オーナーとして、社員として、また客として、一般の人がG社の実態を知らずに関係を持ち、被害が増えることを懸念してのことだった。
このH氏の表現活動に対し、G社は2003年、名誉毀損と営業妨害で3150万円の損害賠償を請求する民事訴訟を起こし、2004年には名誉棄損で刑事告訴した。民事裁判は2005年にH氏が77万円の賠償金を支払うことで確定したが、刑事裁判は最高裁判決が出る2010年3月まで続いた。
○一審は無罪(東京地裁:2008/2/29)
東京地裁は、H氏を無罪とする判決を出した。名誉棄損は下記のコラム「名誉棄損とは」に示したように、(1)公共性、(2)公益目的、(3)真実性または真実相当性(真実と信じるに相当な理由があること)、の3要件を満たす場合は違法性をまぬがれ、無罪となる。地裁は、(1)公共の利害に関する事実、および(2)公益目的、の2要件を認めた。(3)の真実性については「真実であるとの立証はない」とし、最高裁判例に照らしての「相当性」についても、「相当性は認められない」とした。しかし、「特別の違法性阻却事由」を認め、名誉毀損罪の成立を否定したのである。
「特別の違法性阻却事由」とは、H氏がインターネットの個人利用者としての調査義務を尽くしていたことなどが評価されたもので、「大手マスメディアと個人では調査義務が違う」ことを認めるものだった。H氏の主任弁護士である紀藤正樹氏は、このとき自身のブログで次のように述べている。「市民はマスコミのようにお金も力もありません。そこで発信される表現は、マスコミのように金をかけた取材力とは異なるものです。従来の名誉毀損基準では市民の批判的表現はことごとく名誉毀損となりかねない。それでは表現の自由は死滅してしまう。判決は、この市民の置かれた現状に真摯に向き合い、表現の自由の重要性に理解を示したもので、画期的な判決です」(一部要約)。
★コラム:名誉棄損とは(罪になる場合、ならない場合)
名誉棄損とは人の名誉(社会的評価)を低下させることを意味し、刑法230条に「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」と定められている。しかし、名誉を保護しすぎると、表現の自由や国民の知る権利を制限してしまうおそれがあるため、次のような特例措置がもうけられている。
「行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない」(第230条の2の1項)。つまり、表現された事実が、(1)公共の利害に関する事実(公共性の要件)、(2)目的が専ら公益目的(公益目的の要件)、(3)真実の証明(真実性の要件)、という3つの要件を満たせば「罰しない」とするのである。
また、名誉毀損は「故意に行った」ことが前提となるので、「事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実だと誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるときは、故意がなく、名誉毀損罪には該当しない」とされる(最高裁判例、1969年6月25日)。つまり、たとえ事実でなくとも、事実と信じた相当な理由があり、なおかつ公共性と公益目的を備えていれば、名誉棄損罪に該当しないとされる。
○二審は逆転有罪(東京高裁、2009/1/30)
東京高裁の控訴審では逆転有罪となった。この判決でも、地裁が認めた (1)公共の利害、(2)公益目的、の2要件が否定されたわけではない。この2要件は認めつつも、(3)の真実性・真実相当性の要件について、地裁が示した見解(大手マスメディアと個人では調査義務が違う)が認められず、有罪判決が出されたのである。
H氏は、これでは問題のある企業、団体について取り上げている告発サイト等の管理人についても刑事罰が課せられてしまうことになると懸念。最高裁で無罪判決を得、ネット上の表現の自由を守る判例を残したいとして上告した。
○最高裁の判決(2010/3/15)
最高裁第一小法廷(白木勇裁判長)はこの上告を棄却し、東京高裁で言い渡された罰金30万円の有罪判決が確定した。最高裁においても、 (1)公共の利害、(2)公益目的、の2要件が否定されたわけではない。この2要件は認めつつも、(3)の真実性・真実相当性の要件について、高裁が示した「真実であるとの立証はない」という判断を支持し、その誤信に至った経緯も、「確実な資料、根拠に照らして相当な理由があるとはいえない」とし、有罪判決を出したのである。
最高裁は、地裁が示した見解(大手マスメディアと個人では調査義務が違う)を認めず、高裁の判断を支持する理由として、「個人利用者がネット上に掲載したものだからといって、閲覧者が信頼性の低い情報として受け取るとは限らない」「ネットに載せた情報は不特定多数が瞬時に閲覧でき、名誉棄損の被害は深刻なものとなり得る」「一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく、ネット上での反論によって十分その回復が図られる保証はない」等をあげている。
冒頭に見たように、ネットの誹謗中傷が増加しているという状況がある。この判決理由はそうした誹謗中傷の被害者の立場を考慮したものであり、ネットにおける誹謗中傷の拡大を抑止したいという思いもこめられているだろう。しかし、一般論として正論ではあっても、この事件にあてはめていいものだったのかどうか。次項では、この判決に対しネットに書かれた賛否両論を紹介したい。
【関連URL】
・判決文(最高裁判例)[PDF](裁判所ウェブサイト)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100317094900.pdf
・判決文(最高裁判例)[PDF](紀藤正樹弁護士掲載)
http://kito.cocolog-nifty.com/topnews/files/20100315.pdf
■ネットユーザーから見た「有罪判決」賛否両論
○「一体性」と「一定の関係」
H氏がG社について書いた文章の「真実性」が裁判では認められなかったが、氏はマスメディアが報じたような「根拠のない中傷」を書いたわけではなかった。登記簿謄本、市販の雑誌記事、ネット上の書き込み、加盟店の店長だった人からのメール等の資料に基づき、真実と信じて批判文を書いていた。どのような情報を根拠に書いたかは、民事裁判で氏が提出した書類(2003年)に詳述されているのを読むことができる。興味がある方は参照されたい(下記【関連URL】)。
一審の22回に及ぶ公判においても、平和神軍代表のK氏がG社の51%の株を所有し、毎年数千万円もの報酬を受け取っていたことなど「密接な関係」にあることが明らかにされている。民事、刑事どちらの裁判においても、G社と平和神軍は「一定の関係性があった」ことは認められている。ただ、組織としての「一体性」はないとし、そう誤信したことについて「確実な資料、根拠に照らして相当な理由があるとはいえない」と判断された。このため違法性阻却要件は成立せず、名誉棄損罪に該当するとされた。
この点に関し、あるブログ主は、次のように書いている。
要するに、平和神軍とG社、ラーメン店には「一定の関係がある」ならセーフ、「一体である」はアウト、という判断基準による名誉毀損と理解します。ちょっとした表現の違いによる、アウト・セーフの判断は、人による言葉の持つ意味の曖昧さから考えれば、発信者には相当に酷な状況と思います。一般消費者にとっては、裁判所が使う意味においての「一体」であろうがなかろうが、怪しげな右翼系団体と一定の関係にある企業というだけで、十分な情報ですから。公共性、公益目的はありとされたこの件を、噂に基づいて個人攻撃がなされた男性タレントの事件と同列にならべることには違和感を感じます。(一部要約、改変)
この意見は二審の有罪判決への感想として書かれたもので、ブログ主はスマイリーキクチさんの名誉棄損事件とこの事件が同列に語られることに違和感を示している。この違和感は最高裁判決後、筆者も感じたところである。似て非なる事件を「同列に語る」感想がネット掲示板などにあふれていた。この裁判結果を伝えるマスメディアは、「ネットの中傷書き込みに最高裁が有罪判決」「個人の書き込みにも責任」「ネットにはびこる中傷へ警鐘」といった切り口で報じたところがほとんどなので、根拠のない中傷や、公共性・公益性のない中傷と同じものという誤解を世間に与えてしまったのではないかと危惧する。
○「悪質な中傷」と「必要な批判」
マスメディアの報道に流されてというのではなく、専門的視点から最高裁の判決を是とする意見も書かれている。ある法曹家は自身のブログで次のように述べている。
この裁判の一審判決は、一般人が書くものはマスコミの記事よりも一段低いものとして読まれるから名誉棄損の成否を甘めに判断するというわけで、驚きを禁じ得ません。これでは企業はたまったものではありません。企業に対して中傷を続ける人は、企業が「事実と違うから訂正を」と求めても訂正しない確信犯で、「害意の一念」でやっている人が多いのです。あなたが勤める会社がこういう中傷を受けて業績が急降下したらどう思いますか。それが名誉毀損、業務妨害にならないとしたら無法地帯です。(一部要約、改変)
この法曹家は、ネット掲示板に書き込まれる悪質な中傷によって企業が苦しい立場に立たされるケースを、少なからず見てきているのだろう。匿名性に隠れた中傷によって理不尽な目にあわされる企業の立場からすれば、無責任な書き込みを抑止する効果を判例に期待するのは当然のことと思える。
だが、「平和神軍観察会」事件の場合、悪意を持っての中傷ではなく、公共の利害・公益目的での表現であったことは裁判でも認められている。この「悪質な中傷」と「必要な批判」の違いをどう見分けるか。無責任な中傷を廃しつつ、必要な批判を行う言論の自由を守っていくにはどうすればいいのか。その難しさを考えさせられる。
○「自由な言論」の危機? ネットに広がる不安
東京地裁が示した個人の書き込みについての「新たな判断基準」は否定されたわけだが、これに関連して不安を訴える書き込みは随所にみられた。要約しつつ紹介したい。 ・ この判例の怖さは「政治家の悪口」も統制可能なことですね。根拠のない誹謗中傷とある種の思想をどう割り切るのかな。
・ ネットの書き込みは「便所の落書き」と軽蔑されてきたのに、これからは落書きするにも背景を精査し根拠を示さねばならないということですか。基本的に個人では出来ないも同然だから、ネット上での批判は、基本的にダメということですか。
・ 市販の雑誌記事を読んで、その記事に従って書き込みしたら名誉毀損というのは酷い気がする。マスコミや専門家並みに取材しないと書けないというのは…。もちろん誹謗中傷を受けた側の保護や救済は必要だが、ネット上での発言の自由と名誉毀損に対する被害者保護と両方のバランスが重要だと思う。
・ 強者による報復的口封じ訴訟が横行している昨今、それに拍車がかかるおそれがある。また、裁判沙汰にしたくなければ金銭を支払えと脅す手口も出て来るおそれも。
・ 被告は平和神軍関係者から度重なる脅迫行為を受けていたというが、このことについてマスメディアではふれられていない。告発に対して脅迫行為を受け、警察に相談しても対応してもらえないとしたら、個人で告発を行う上で名誉毀損訴訟を受ける以上の脅威といってもいい。
紀藤正樹弁護士は、二審で逆転有罪判決が出たとき、「一般的予防効果を狙った判決としか思えない。これでは、一般市民の立場での企業批判などができなくなる。ネット上の表現に壊滅的効果をもたらすのではないか」との危惧を表明していたが、そのおそれは最高裁判決後、さらに強まっているようだ。
【関連URL】
・平和神軍観察会2003年~2004年のお知らせ(対照表:指摘された文章と被告の主張)
http://homepage3.nifty.com/kansatsukai/news_2003_2004.html
■名誉棄損を回避する「書き込み」アドバイス
ネットでは「歴史に残る悪判例」との酷評も聞こえる最高裁判決だが、判決が下された以上、判例として力を持つことは間違いない。今後、時代とともに変わる可能性があるとしても、いま現在を生きる我々としては、情報発信や発言(書き込み)に際し、何に気をつければよいのかという問題にぶつかる。
上掲の「ネットの名誉棄損で逮捕」ニュースで見たような、公益性がなく個人の怨恨による中傷目的の書き込みなどは論外として、ネットでさまざまな社会問題を語る際に必要な批判ができないようでは「表現の自由」があるとはいえない。確固としたソースを元に堂々とした言論を展開したいところだが、マスメディアがもつような組織的調査能力を個人がもてるわけではない。H氏が行ったような、登記簿謄本をとったり、市販の雑誌記事やネットの書き込み、関係者からのメールを参考にするなどが精一杯ではないだろうか。
この裁判を傍聴してきたジャーナリストの藤倉善郎氏が、一審の無罪判決が出た時、たとえ個人の情報収集に限界があると言っても、その時点での最善の情報収集をしなければ、地裁が示した「新基準」を満たせないだろうとの注意を促す意味で書いたアドバイスがある。これが役に立つのではないか。次のようなものだ。(一部要約)
(1) 批判は「公益目的」という大枠から外れない表現にとどめる。
(2) 自分にとって可能な限りの事実確認作業をした上で書く。
(3) 一方的な挑発、一方的な揶揄表現は避ける。
(4) 妨害・報復には屈しない。
H氏は、平和神軍との熾烈な対抗言論を展開する中で表現がエスカレートし、裁判ではそのエスカレートした表現が問題とされた。相互に同レベルの苛烈さで言葉をやり取りしているのに、一方の表現だけが問題視されるのは疑問だが、挑発に乗っての揶揄表現は避けたほうがよい。また、個人として可能な限りの事実確認に努め、事実として確認できたことだけを書くということも大事だ。
紀藤弁護士が言うように「歴史が動いて判例が変わる可能性」はある。ネットは「便所の落書き」のままでいいのか、マスメディアを凌駕する言論空間になるのかという課題も遠く展望しつつ、委縮しない・逸脱しない表現を志していきたいものだ。
(執筆:現代フォーラム/熊谷)