最高裁判所第一小法廷(白木勇裁判長)は15日、東京都の男性会社員(38歳)が自身のホームページの書き込みで名誉毀損を問われていた裁判で、上告棄却の決定をした。二審の東京高裁で言い渡された罰金30万円の有罪判決が確定した。民事裁判ではすでに2005年5月、計77万円の賠償を命じた有罪が東京高裁で確定している。
■名誉棄損をめぐる一審、二審の判決
会社員は自身のサイト「平和神軍観察会」上で、全国チェーンの飲食店運営会社と右翼系組織「日本平和神軍」との関係を記述。本人としては社会的告発を意図したものだったが、その表現や内容が事実ではなく中傷であるとされ、名誉毀損の罪が問われていた。
一審の東京地裁は、記述内容が公共の利害にかかわるもので、その意図も公益目的であると認定。事実を誤認した部分については、インターネットの個人利用者として要求されるレベルでの事実確認を行っていたとした。名誉毀損罪の成否にかかわる表現や内容の真実性については、「マスコミや専門家と個人では異なる」「ネットでは対等に反論できる」「ネットでの個人の情報発信の信頼性は低いと受け止められている」などの理由を示し、2008年2月に男性を無罪とした。
しかし、二審の東京高裁では、公共の利害や公益目的を認めつつも、一審で示された、ネットで個人が発言する際の新基準ともいうべき見解は認めず、無罪判決を破棄。2009年1月、求刑通り罰金30万円を言い渡した。被告はこのまま有罪が確定すれば、問題のある企業、団体について取り上げている告発サイト等の管理人についても刑事罰が課せられてしまうことになると懸念。無罪判決を得て、ネット上の表現の自由を守る判例を残したいとして、最高裁に上告していた。
■最高裁:事実誤認に「相当の理由」なしと判断
最高裁は被告を有罪とした理由を次のように述べている。
・個人利用者がネット上に掲載したものだからといって、閲覧者が信頼性の低い情報として受け取るとは限らない。
・ネットに載せた情報は不特定多数が瞬時に閲覧でき、名誉棄損の被害は深刻なものとなり得る。
・一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく、ネット上での反論によって十分その回復が図られる保証はない。
以上を考慮すると、ネットの個人利用者の場合であっても、他の場合と同様に名誉棄損が成立するとするのが妥当とした。「他の場合と同様に」というのは、これまでマスコミ等で名誉棄損が問われた場合と同様にということである。これまでは「事実を誤認して名誉棄損をした場合」、当人がそう信じるに足る確実な資料や根拠があり、故意でないと証明されれば、名誉毀損は成立しないとされてきた。
会社員は、商業登記簿謄本、市販の雑誌記事、ネット上の書き込み、加盟店の店長だった人からのメール等の資料に基づき、真実と信じた内容を書き込んでいた。だが、これらの資料は一方的立場から作成されたものもあること、関係者に事実確認をしていないこと等から、最高裁は事実誤認に対し「確実な資料、根拠に照らして相当の理由がある」とは言えないとした。
一審は、ネットの個人利用者の書き込みに対しては、名誉棄損が成立する基準を緩和し、真実性の証明のハードルを下げるものだった。だが、二審および最高裁は、この考え方には賛同せず、ネットの個人利用者を別枠扱いする理由はないとしたわけである。
個人ユーザーの書き込みにも、マスコミ報道や出版と同等の事実確認が不可欠とする判決には、賛否両論があるだろう。ネットに行き過ぎた中傷が蔓延していることは確かだが、ネットならではの個人の本音の書き込みが社会悪を撃つ力となってきたことも否定できない。行き過ぎた中傷を諌める力と、自由な言論を委縮させる力と。どちらもありえることを念頭に、この判例が及ぼす影響に注目していきたい。
(ネットセキュリティニュース 2010/03/18)
■ 判決文(最高裁判例)[PDF]
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100317094900.pdf